欧州(EU)の規制環境は日々変化しており、その対応による実務のご負担は増すばかりかと思います。「次から次へと、本当に大変だ……」と、頭を悩ませているご担当者様も多いのではないでしょうか。
実はここ最近、すでにお付き合いのあるお客様からも、この件に関するお問い合わせを非常に多くいただいております。皆様からの切実なご相談を伺う中で、これは多くのお客様にとって関心が高く、「今まさに取り組むべき優先事項」であると強く感じました。
そこで、少しでも皆様の不安や疑問を解消できるよう、2026年2月1日時点での最新情報を整理し、現状をご報告させていただきます。
今、EUでは規制をシンプルにするための改革が進んでいますが、機械メーカーの皆様にとっては少し心配な「11ヶ月の空白期間(二重規制の恐れ)」が、まだ完全には解消されていないことがわかってきました。これには、現地の業界団体(CECE)も急いで声を上げている状況です。
さらに、AI法(AI Act)についても、本来出るはずだった「実務ガイドライン」が期限(2月2日)に間に合わず、現場では少し戸惑いが広がっています。
「政治や法律の話がまだ落ち着いていないのはわかったけれど、じゃあ日本にいる私たちはどう動けばいいの?」
そんな疑問にお答えするために、本記事では「今月(2026年2月)中に日本のメーカーが取るべき具体的なアクション」に絞って解説します。特に、期限が2月27日に迫っているサイバーレジリエンス法(CRA)の整合規格案(prEN 50742)への対応は待ったなしです。
依然として不透明な状況が続き、ご心労も多いこととお察しします。本記事が、日々対応に追われる皆様の実務の一助となれば幸いです。
1. 2026年2月、欧州規制の「分水嶺」
1.1 「簡素化」と「現場の混乱」の狭間で
2024年に発表された「ドラギ・レポート」が指摘したEU規制の複雑性は、2026年に入り、解決へ向かうどころか新たな局面を迎えています。フォン・デア・ライエン欧州委員会は「デジタル・オムニバス」による一括修正を掲げましたが、その審議プロセスは2026年1月に始まったばかりであり、キプロス議長国(2026年上半期)の下での調整が急がれています。
1.2 機械メーカーが直面する「2026年問題」
日本の機械メーカーにとって、2026年は単なる準備期間ではありません。以下の3つの締め切りが集中する「決断の年」です。
- 2026年2月27日: 機械規則サイバー対応の要となる規格「prEN 50742」の投票期限。
- 2026年9月11日: サイバーレジリエンス法(CRA)に基づく脆弱性報告義務の開始。
- 2026年12月(予定): 機械規則ガイドラインの最終化。
2. デジタル・オムニバスの現状と「AI法」の延期
2.1 パッケージの構成と進捗
2025年11月19日に発表されたデジタル・オムニバス・パッケージは、以下の2つの柱で構成され、現在欧州議会のIMCO(域内市場・消費者保護委員会)およびLIBE(市民的自由・司法・内務委員会)での審議が開始されました。
| 法案番号 | 名称 | 2026年2月のステータス |
| COM(2025) 836 | AIオムニバス | 議会ラポートゥール任命完了。審議開始。 |
| COM(2025) 837 | デジタル法オムニバス | データ法、GDPR等の修正を審議中。 |
2.2 そもそも「デジタル・オムニバス」とは何か?
「デジタル・オムニバス(Digital Omnibus)」とは、欧州委員会が提案した、複数のデジタル関連法規を一括して修正・調整するための法案パッケージの通称です。
- 言葉の意味: 「オムニバス(Omnibus)」には「乗合バス」や「抱き合わせ」という意味があり、法律用語としては「多岐にわたる法改正を一つの法案にまとめて行うこと」を指します。
- 目的: 欧州の産業競争力を高めるための「規制の簡素化(Simplification)」です。 具体的には、機械規則(MR)、サイバーレジリエンス法(CRA)、AI法(AI Act)という、内容が重複しやすい3つの法律の間にある「矛盾」や「スケジュールのズレ」を一気に解消するために提案されました。
この提案の土台には、マリオ・ドラギ前欧州中央銀行総裁による「EU競争力レポート(2024年)」があります。報告書内で「EUの規制は複雑すぎて企業の重荷になっている」と厳しく指摘されたことを受け、欧州委員会が「重複排除」へと舵を切った結果が、今回のオムニバス提案です。
2.3 AI搭載機械への影響:2028年への延期案
COM(2025) 836(AIオムニバス)において、機械規則に関連する「高リスクAIシステム(Annex I)」の適用開始日は、当初の2026〜2027年から大幅に後ろ倒しされ、2028年8月2日とする案が提示されています。 これは、AIを搭載した安全コンポーネント(例:AIカメラによる人体検知)を開発するメーカーにとって、十分な技術検証期間が得られることを意味する「確度の高い」朗報です。
2.3 【速報】AI法ガイドラインの未発行(2026年2月2日)
一方で、懸念材料も発生しています。AI法は、高リスクAIの具体的要件を定めたガイドラインを2026年2月2日までに発行することを委員会に義務付けていましたが、この期限が徒過された模様です。ガイドライン不在のまま開発を進めるリスクを避けるため、前述の「適用延期」がより現実的な救済措置として重要性を増しています。
3. 機械規則のサイバー要件と「CRA」の不整合
3.1 解決されていない「11ヶ月のエアポケット」
前回調査時(2025年末)には、デジタル・オムニバスによって機械規則のサイバー要件も自動的にCRA(サイバーレジリエンス法)へ統合・延期されるとの楽観論がありました。しかし、法案(COM(2025) 837)の詳細が精査されるにつれ、「機械規則のサイバー要件(EHSR 1.1.9等)の適用日(2027年1月20日)を変更する明文規定が含まれていない」可能性が浮上しました。
現状のままでは、以下の事態(ダブル・コンプライアンス)が発生するリスクがあります。
- 2027年1月〜12月: 機械規則独自のサイバー要件に対応が必要(規格 prEN 50742 準拠)。
- 2027年12月以降: CRAの包括的要件に対応が必要(規格 EN 18031等 準拠)。
3.2 業界団体の緊急アクション(2026年1月)
この「二度手間」を回避するため、欧州の主要産業団体が動きました。
- 2026年1月19日: CECE(建設機械)、CECIMO(工作機械)などが共同声明を発表。「機械規則のサイバー要件適用をCRAの適用日(2027年12月11日)まで延期すること」を強く要請しました。
- 2026年1月22日: CECE代表団が欧州委員会DG GROW(成長総局)の機械担当ユニット(Unit H2)と直接会談を実施しました。
4. 技術対応の最前線:prEN 50742 (Safety of machinery – Protection against corruption)
4.1 prEN 50742:2026年2月27日のデッドライン
機械規則のサイバー要件を満たすための整合規格案「prEN 50742 (Safety of machinery – Protection against corruption)」は、現在、CENELEC加盟国による照会(Enquiry)段階にあります。 その投票・コメント締め切りが2026年2月27日です。
この規格は、機械の制御システムへのアクセス制御や改ざん防止を規定しており、もし上記の「延期」が実現しなかった場合、メーカーはこの規格に準拠して2026年中に設計を完了させなければなりません。

4.2 機械規則ガイドラインの遅れ
機械規則の解釈指針となる「適用ガイド(Guide to Application)」についても、作業部会からのドラフト提出期限が2026年2月に設定されています。しかし、最終的な公開は2026年末になると予測されており、メーカーは「答え」を見ないまま設計を進めるリスク管理が求められます。
5. 日本の機械メーカーへの戦略的提言(2026年2月版)
5.1 「延期」に賭けず、「CRA」を見据える
ロビー活動による延期(2027年1月→12月)は期待できますが、保証はありません。したがって、以下の「二段構え」戦略を推奨します。
- ベースライン(悲観シナリオ): 2027年1月に間に合わせるため、prEN 50742のドラフトを入手し、最低限の「アクセス制御(パスワード管理等)」と「ポート物理保護」の実装準備を今すぐ進めます。これらはCRA対応でも無駄になりません。
- ターゲット(楽観シナリオ): 2027年12月のCRA完全統合を見据え、本格的な脆弱性管理プロセス(PSIRT構築)やSBOM(ソフトウェア部品表)の整備に着手します。
5.2 2026年9月の「報告義務」への対応
CRAの製品要件に先立ち、2026年9月11日から「サイバーインシデントおよび脆弱性の報告義務」が開始されます。これは機械規則の延期有無にかかわらず確定しています。
まとめ
2026年2月現在、状況は「解決済み」ではなく「交渉中」です。機械規則のサイバー要件がCRAと統合される可能性は高いですが、企業としては「延期」を前提とせず、prEN 50742への技術的関与と、CRAの報告義務(2026年9月)への対応を優先すべきです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
依然として不透明な状況ではありますが、この記事が皆様の抱えるご不安な点を少しでも解消するヒントになれば幸いです。
弊社では、引き続きCRA(サイバーレジリエンス法)をはじめとする規制動向をしっかりと注視してまいります。
